TL; DR
ぐらすのすちです。ただいま我々星沼会ではビクセン様から最新の鏡筒VSD90SSをお借りして、もちまわりでレビューを行っております。
背景
月日はおよそ半年前、CP+2024のこと。星沼会メンバーでビクセンさんのブースへ押しかけて商品企画系の方と喋っていてましたところ、VSD90SSは自信をもって市場に送り出したのに、なかなかレビュー数が多く出てこず、マーケティングや訴求になかなか困難しているとのことでした。とおっしゃるならば我々も協力したいところ、Aramisさんが「いやー良かったから貸出していただければ我々もレビューしてみたいですね」とポロッと言ったところ、Aramisさんの知名度(=人望)の強烈なプッシュもあり「星沼会で持ち回りレビュー」の話があれよあれよという間に進み……借りる話になりました。いや、なってしまいました、かな。
VSD90SSレビュー
前置きが長くなりましたが、商品仕様や実際に触ってみて感じた点についてレビューしていきたいと思います。最初に商品仕様等からの印象、良かった点、悪かった点の順番で述べます。
商品概要
誤解を恐れずに言ってしまえば商品ページから受ける印象では、紛れもなくVSD90SSはビクセン屈折系鏡筒のフラッグシップ機種と言えるでしょう。頂点です。トップです。もうこれ以上の性能は望むべくもない、と言ってもいいかもしれません。ただし重さは4.3 kgと少々重めですが、取り回しに苦労するというほどのサイズではないでしょう。
構造
個人的にかなり気になっているのは鏡筒の外観パーツが別体仕立てになっていること。外観を別体にする構造を採用する利点は
‐ 構造上レンズセルに直接力が加わりにくくなって性能が安定しやすくなる
‐ 外観パーツの寸法精度が性能に直接影響しづらい
‐ レンズセルを保持する内部筒と外観パーツの間に空気層があることによって放射冷却の影響が逓減される
‐ 光軸調整までは外観を取り付けずに扱いキズ等を防止する
とか色々あります。もっとも、別体にすると単純に太いアルミ筒が増えるので、重量増になるのですが。それでも4 kg前半で抑えているというのは生半ではありませんね。材料だけでなく組み立てコストも上がってしまうので、ビクセン社がこの鏡筒にかける熱意の一端が断面図からも伝わってきます。
悪かった点・改善が必要と感じた点
悪かったことは最後に話すといったな。あれは嘘だ。
フード
構造面でちょっと残念だなと思っているのが、フードです。VSD90SSは多条ねじのねじ込みによって保持する方式で、滑りが少々よくないのです。フードの取付取外しに少々難儀するのが今ひとつかなと思っています。ネジ山がかなり大きめに作ってあるのでまだなんとかなりますが、暗くなってから設営するときなどはネジ山が黒くて見えないのでネジの起点がわかりにくく、取り付けづらい印象を持ちました。他社の鏡筒を見ると、フードをスライド式にしているものもあり、そちらのほうが便利だったのではないかと思います。
ただ、CP+のときに伺った際は、スライド式にすると内径の墨塗りが塗装ハガレを起こしやすいのでねじ込みにした、というお話でした。多分スライド式にするよりも全長も短くなるだろうと思いますしコンパクトネスの訴求なども考えてねじ込みにしたのだろうと考えています。
アリガタ
もう一つはアリガタです。現在多くの鏡筒ではロスマンディー社が採用したアリガタと、ビクセン社が採用したアリガタがデファクトスタンダードとして採用されており、もちろんアリミゾ側もこれら2種のアリガタに嵌め合える仕様です。もちろんVSD90SSもビクセン純正仕様のアリガタがオプションパーツとして用意されております。
ただ、こちらのアリガタにはアルカスイスタイプのクランプも使用できる仕様になっています。これが難物なのです。赤道儀によって保持力に差があります。
わたしが使っているiOptron GEM45のデュアルクランプでは、アリミゾのツメがかかる量が1 mm程度しかなくなってしまい、保持力が非常に弱いのです。本来は、アリミゾのツメはアルカスイスの斜めな壁を全面保持するのが望ましいのですが、おそらくGEM45は低背タイプのアリガタを使えるように、アリミゾのツメの背も低くなっています。そのせいもあって、アリミゾのツメがほとんど掛かりません。
撮影に行った際に、このことに気づいておりませんでした。単純に不注意ですが……。赤経軸周りのバランスを取ろうと鏡筒とバランスウェイトを水平にした時点で鏡筒がアリミゾから外れ落下。鏡筒に手を添えていなかったら、そのまま地面に衝撃するところでした。気がつくと背中が冷や汗でべっとりになっていました。落下衝撃試験(高さ0.75 m)を実施するところでした。
VSD90SSは商品仕様的にフラッグシップモデルで、眼視向けというよりは撮影向け鏡筒です。アルカスイスタイプのクランプに据え付けるユーザーがそこまでいるとは私には考えられません。ここは商品ページに掲載するのはデュアルスライドバーだけじゃなくて汎用スライドバーも併載したほうが良かったのではないかなと考えています。
鏡筒バンド
4.3 kgで重い鏡筒ですし、ハンドルほしかったな‐。
良かった点
光学性能
純粋に光学性能。すごいですね。スポットダイアグラムを見るとフルサイズの対角像高まで非常にシャープな結像を維持しています。例えば似たような焦点距離と口径比の鏡筒にAskar FRA500があります。こちらのスポットダイアグラムは40um程度ですが、VSD90SSは10 umないのではないでしょうか。FRA500も決して性能が悪い鏡筒ではありませんがVSD90SSはそれを上回る性能です。しかも、この性能がAPS-Cではなく135版フルフレームカメラで提供されるのです。かなりの化け物鏡筒と言っても過言ではないでしょうね。この鏡筒を使っていると性能をフルフルで活かせるようにフルフレームカメラが欲しくなってきます。悪魔のささやきが聞こえてくるのですね。
ところで、上の要改善・悪かった点には書かなかったのですが、VSD90SSの一番の足かせは価格です。鏡筒バンドとかない単体状態で60万円台後半というのは、かなり高価な鏡筒であると言わざるを得ません。性能をフルフルで活かせるように6200MCなど購入してしまえば150万円台に突入してしまいます。これは光学性能と完全に引き換えですね。
民生用のカメラやレンズでよく聞くのは(デジカメinfoよく話題に上がる)日本で安価な値段づけをすると海外のユーザー等が日本から自国へ個人輸入したりして売り捌いてしまうため、市場にグレー品が跋扈してしまうということがあります。特にいまは円安ドル高の為替相場が進んでいるため、その傾向がかなり強いので、カメラメーカー各社はしばしば高値の価格設定を日本でも行わざるを得ません。最近のカメラやレンズの値段が上がっているのは、決して材料価格の高騰が進んでいるためだけではないのですよね。もっとも、C社、S社、N社のようなカメラ大手が生産するレンズとは違って望遠鏡は市場に出回る個体数が少ないため、HOYA等の硝材メーカーからの卸価格も高くならざるを得ないということは多いにありそうです。
個体差について
Aramisさんが友人のけーたろさんから鏡筒を借りて撮影した際も、星沼会で借用した個体とほぼ同等の性能であったそうです。また、米国に在住のおののきももやすさんもVSD90SSを購入されていますが、こちらも極めて良好な性能を示す鏡筒と言えます。n数が3しかないですが、これまでに実写画像を発見できたどの個体も良好な性能です。
VSD90SSの意地悪テストで、デネブを右上に入れて星割れとかゴーストとかのチェック
— おののきももやす@意識を低く保つ (@tjm8874) 2024年5月20日
左はOptolong Clear/L-Pro、Antlia TriBand/ALP-Tの全部混ぜ、BXT無し
右は80PHQで撮ったSを混ぜてSHOにしたもの pic.twitter.com/mYRPuVS5QN
どの個体もこの程度のバラツキしかないとなると非常に驚くべきことかと思います。設計はもとより現場の生産もかなり苦労したのでしょうね。中国製の望遠鏡などはそれなりに個体差があるとは聞いていますし、バラツキが少なく、これだけ高性能になるように設計・生産しているとしたらマイナスポイントになっていた価格設定も納得できるところですね。
外観
うーん、マンダム。
今回星沼会でVSD90SSをお借りした際は、丹羽さんから快く6200MCを評価のために貸すよと申し出を頂きましてフルフレームでのレビューになりました。まずは、撮って出しの画像を掲載します。
撮って出し
作例
長くなりましたが、先の撮って出しを処理しました作例を掲載します。撮影したのは、うみへび座にある暗黒星雲 LBN 19です。
まとめ記事
各メンバーが書いた記事を星沼会総本山にまとめております。
おわりに
本記事ではビクセン様からお借りした機材VSD90SSを使用してその性能について述べました。正直に言って非常に高価ではあるものの欲しくなるような鏡筒のひとつです。現に弊会の中では某A氏、某B氏が欲しくなるなあとブツブツ言っておりましたので……。
最後になりましたが、ビクセンの担当者さんからやり取りをする中でユーザーの心を掴むコメントを頂きましたので、掲載させていただきます。
(VSD90SSは)設計段階から考慮してバラつきのない性能で、安定して生産をできることを念頭に企画を進めてまいりました。もちろん、その影響が価格に響いているのは事実です。 お客様のもとに最高の光学性能をお届けできるよう、丁寧に一つずつ作っていると思っていただければと思います。