Hα領域の表現はチョットだけ紫色でもいいんで内科医って話

TL; DR

glasnsciです。今日は比較的真面目な話です。昨日の天体写真画像処理研究会でお話した内容についてまとめます。この話はワタクシglasnsciの青少年の主張です。

はじめに

なぜ「Hα領域の表現は紫色でもいいんで内科医」と思ったのかというと、始まりは昨年11月から12月にかけてTwitterで流行った、「みんなの素材みんなで処理してみようじゃない会」が発端です。みなさんが処理した画像を見てみるとHα領域・SII領域が赤になっていたり、マゼンダになっていたりしてかなり千差万別です。一方でこれらの領域では人の眼がほとんど感度を持たないので、そもそもよく見えないんですからどんな色で表現しようとも別に自由なはずです。もちろん、天体写真を芸術表現として見ている場合は別に特定の色を任意の色で表現しようとも、文句をつけられるいわれはありません。が、ヒトの心理的な特性を加味したHα領域・SII領域を表現する色があっても良いんじゃないかと思いませんか?

ヒトの眼の構造と感度の波長依存

中学校の理科を復習します。ヒトの眼の構造を図1に模式的に示します。ざっくり言えば網膜には水晶体でピント調整された光束が結像する構造になっていて、網膜にある視細胞を感光させるという構造になっています。カメラと一緒ですね。カメラがヒトの眼の構造に似ていると言ったほうが適切ですが。

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図1 人の眼の構造。1
網膜にある視細胞には桿体細胞と錐体細胞の二種類があります。

  • 桿体細胞 光に強く反応するが、色にはあまり反応しない
  • 錐体細胞 色には強く反応するが、光にはあまり反応しない。光量が少ないところではあまり機能しない

錐体細胞には電磁波の波長によって感度が異なり、赤(R)・緑(G)・青(B)に対応した感度を持った3種類の錐体細胞が存在します。現在主流のCMOS・CCDセンサーはこの構造を模倣し、カラーフィルターアレイをRGBで構成しています。ただし、RやBに比べてヒトの眼はGの感度が高いため、G素子をRやBよりも多く配置したベイヤーセンサーが現在は主流です。が、連続スペクトルで表現されてるはずの可視光をRGB3色だけで表現するのは、無理があるんじゃないかいということは言及しておきたいと思います。

多くの星雲が発するHα線(656.3nm)、SII線(671.3nm)は、ヒトの眼の比視感度は非常に低く、相当明るくないと眼で見ることは難しく、実質的には星雲が発するHα線はほとんど見えないということです。にも関わらず、ベイヤーセンサー等で受光したHα・SII線は真っ赤に表現されていることがほとんどです。

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図2 視細胞感度の波長依存性2

ヒトの心理的な色表現

色の表現する方法、すなわち表色系には何種類かあり、RGBやCMYKなど色を混ぜて表現する混色系、色見本などの色材混合系、あるいは明度彩度色相で表現されるマンセル表色系に代表される顕色系などがあります。考えてみてください。日常生活で「あのバラの色は(255,0,0)だ」とか言ったりしないですよね。ワタクシはたまに言いますけど。一般には「チョット薄くて明るい青」とか「濃い暗めの紫」とかそういう言い方をしますよね。それぞれ、明度・彩度・色相に対応しており、ヒトの色彩感覚は顕色系に基づいていると言えます(図3)。顕色系では色相を円として表す色相環で表現することが一般的です。虹の色をしばしば赤橙黄緑青藍紫といいますが、色相環では長波長の赤と短波長の青・紫やマゼンダが隣り合って――ぐるっと一周つながって表現されます。これらの色が隣り合って表現されていることは、例えば、紫・マゼンダを表すのに赤と青を混ぜて得られると考えると直感的に理解しやすいのではないでしょうか。

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図3 明度・彩度・色相に基づく顕色系の色表現

Hαはどのような色になるのか?

先程書いたように、ヒトの眼はHα・SII線にほとんど感度を持ちません。ですから、別にどんな色で表現しても良いはずです。例えば、ハッブル宇宙望遠鏡で撮影された画像はSAO合成(SHO合成)された画像も多々あります。これは酸素(OIII線)を青、水素(Hα線)を赤、硫黄(SII線)を緑に合成したもので、しばしばハッブルパレットと呼ばれます。ヒトの目の色彩感覚からは遠くかけ離れた画像となりますが、写野の中にどのような元素が分布しているのかを確認するには極めて有用な方法でもあります。

www.nasa.gov

ほぼ赤外みたいなHα・SII線はカメラで撮影すると一般的には赤に映ると思います。センサーの物理的な特性としては正しいと思います。が、何度も言うようにほとんどヒトの眼では見えないのです。図1のカラーバーの右端は赤黒く塗られていますが、ヒトの心理的には黄橙赤と並んだら、その次は紫です。と、言うことは、Hα・SII領域は赤に近いながらも若干の紫・マゼンダが入った色で表現されるのがヒトの心理的には適合した色表現じゃないのかな、と考えます(図4)。

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図4 ヒトの心理的にはHα・SII領域は紫(マゼンダ)に寄った赤で表現されてもいいんで内科医

一方で、研究会で木人さんがプロミネンスのような非常に輝度が高いHα線をHα線だけ透過するフィルタを通してみると赤く見える、とおっしゃっていました。太陽とか全くこれまで興味を持たなかったのでノータッチでしたが、いくら感度が低いとは言っても輝度がめちゃくちゃに高ければ確かに赤く見えると思います。そう考えると、プロミネンスは目で見えるから真っ赤に表現しても良いんじゃないかな。美空ひばりはHα線で太陽を見ていたんですかね。

もっとも、色なんて作者の自由ですし、表現したい・見せたいものによって大きく色表現が違ってもいいと思います。

PixsInsightで赤の色相をずらしてみよう

話が長くなりましたが、Curves Transformationを使って、赤いHα・SIIを紫に寄せてみます。

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図5 CTで色相をいじくり回す

作例としてしょぼいですが図6みたいな感じになります。悪くはないと思います。

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図6 CT適用前(左)、CT適用後(右)

終わりに

「Hα領域の表現は紫色でもいいんで内科医」って話でした。長くなりましたが、根拠を簡潔に言うと「色相環がつながっているので」。それ以上でもそれ以下でもありません。ワタクシは今回色相環を根拠に紫に寄せたら良いじゃないかって書きましたけど、天体写真の色表現なんでみんな好みが千差万別で、「僕の考えたさいきょーのHα表現」をみんな持っているはずです(ちょこちょこ免責のように載せましたが)。このくどくどとした話を読んで、ヒトの心理的な特性を加味してHα領域・SII領域を表現してみてもいいかもという気分になっていただければ幸いです。


  1. https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%9B%AE#/media/File:Eye-diagram_no_circles_border.svg (CC BY-SA 3.0)

  2. Bowmaker, J. K. and Darnall H. J. A., “VISUAL PIGMENTS OF RODS AND CONES IN A HUMAN RETINA”, Jounal of Physiol, 298, pp501–511 (1980)